不快感で満ち溢れている

フィクションかもしれません

我々クズだな

我々、ほんとうにバカだよなぁ。後はないって重々分かっているのに、溢れるところまでいっぱい感情をほてらせちゃって、このままずっとこうしていたいと体を引き寄せ思うけど、離れた後にもう触れられない寂しさに苛まれて、泣いちゃって。あなたは変に律儀だから、わたしに優しい。いっそのこと、物として扱ってみてはどうですか。わたしの足が好きなんでしょう。わたしの髪が好きなんでしょう。もっと乱暴に握りつぶして引っ張って頂戴な。お人形さんになったるわ。その固い指でわたしの髪を優しくとかさないで下さいよ。つまらないわたしのジョークに鋭い目つきをクシャクシャに崩してまで笑わないで下さいよ。お互い見えない何かを必死に守ろうと、意地悪い言葉でかすり傷を作り合う。あなたはほんとうに臆病だなぁ。わたしはほんとうに弱いなぁ。ブッ刺して殺してしまえばいいのに、それでも刃物を当てられないのは、私たちには簡単に壊せない私たちの歴史があるからでしょう。どうしたら歴史を失わずにいれるか、わたしはずっと考えている。

おんなが、ふたり

あなたと関係を持っているという女性と先ほどばったり会ってしまいました。一番恐れていたことです。あの強情なあなたが叶わない女性、わたしは怖くて悔しくて、ずっと怯えてきたのです。声をかけてくださった時、わたしは目を丸くさせ、眉毛は不気味なほど縦に上がっていたと思います。その怯えた一瞬を、何も知らない彼女に伝わって欲しくなかったので、急いで口元をぎゅっと上にあげ、言葉は見つからず、ただひたすらに彼女の名前と「お久しぶり」を繰り返していました。彼女はわたしが記憶していたよりも小柄で、鼻は丸く、目が潤んでおりました。凛とした、やはりお綺麗な方です。今なにをしているのか、今日はどうしてここにいるのか。彼女の柔らかい声を聞くうちに、わたしの頭の中は彼女と過ごした短い思い出でいっぱいになりました。不思議なもので、あなたのことなんかどうでもよく思いました。あなたの横にこの女性がいると想像しても、常に胸の奥に転がっていた硬い岩石のような感情は生まれませんでした。数週間前に起きたあなたとの思い出も甘いものに感じませんでした。わたしは彼女と違うのです。わたしが彼女になれないように、彼女もわたしにはなれません。あなたは天秤にかけたかもしれないけれど、私たちは違う土壌にいる人間だと、あの数分でわたしははっきりと気付きました。どうぞお好きなようにしてください。今のわたしからは彼女を羨む気持ちは消えました。あなた方をわざとらしく敬う気もさらさらございません。なぜなら私と彼女は別の生き物だからです。あなたに追いかけてもらいたくて買ったお洋服も、わたしには必要なさそうです。あなたの中に映るわたしは、もうあなたが欲しいわたしじゃないのです。

23時半から24時迄の事

その生き物の頬は、秋の乾ききった夜風に晒され続けた結果、表皮が白く細かな凹凸をなしていた。骨ばった肩に比べて腰回りはしなやかで、シャツの下に隠れた呼吸器官は激しく膨らみ、また萎みを繰り返している。生き物の伸びた固い五本の指は私の後ろポケットでもぞもぞと動いている。私は大きく重たい生き物を全身で受け止めながら、動脈近くの首元を齧ったりしてみる。それが気味が悪かったのか、口元からのそりと離れ、私の肩に自らの首を巻きつくようになだれさせた。「殺してしまうほど強く抱いてください。」力の抜けた腕から筋肉がむくりと沸き起こり、わたしの肋骨を締め付ける。その数秒のあいだに、生き物の厚い皮膚に隠れた鼓動がドクンとわたしの胸に刺さった。生きてる。わたしたちは生きている。この生き物が今夜ここまでどう生きてきたのかなんて知らないけれど、あなたのこれまでの命はわたしの腕の中に収まっている。あなたが生きてきたことをわたしは抱きしめている。これからを求めてなんかいない。ただ命があることを慰め合うように、どうしようもない行く末を見ないように、互いの背中にしがみついている。

家を磨く

今日も丸一日お家にいました。蝉の騒がしさで目が覚め、昼食はロールパン4口程。テレビを点けると再来年のこの国について、安っぽいスーツを着たおじさんおばさんが、薄っぺらい言葉をズラズラと勝手に喋っておりました。真剣な面持ちで意見を述べたかと思えば、次の瞬間には犬猫の動画を見て笑い声が溢れかえる。一分もしない間にコロコロと空気が変わっていく頭の悪さに、私はブツンと電源を叩きました。洗面所に行くと湿った洗濯物が積まれています。きっと母が急いで回したものです。濡れた衣服から漂うのは鼻を刺すようなキツい水っけでした。これまでなら「なんで私ばかり」と愚痴を吐き捨て、嫌に足音を大きく立て、ベランダに持って行きますが、今の私は違います。「仕方ない」とも思いません。これが今の私の仕事なのです。強すぎる日差しに嫌な顔ひとつ向けません。私の仕事はこの家を綺麗にするだけです。昨日も同じことをしたのに、床には大量の髪の毛が落ちています。私はそれを「なぜだ」と感じることはありません。一本も残さぬよう、角の角まで丁寧に吸い取りました。ついでに汚れてきた机や壁も、重曹水を使い、念入りに拭き上げました。くたびれた家族が帰ってきても、今朝より美しくなった家に気付く者はおりません。それでも私は、毎日、この家を磨いています。ちょっとでも綺麗にすれば、少しずつ良いことが起きるかもしれない。そんな根もない呪いに期待を寄せています。毎日、丹念にこの家と向き合えば、同じくらい私を受け入れてくれるものが現れるかもしれない。空っぽでおぞましい希望かもしれません。もしかしたら、誰も、何も私に気づかないかもしれない。恐ろしい気持ちもございます。それでも私は、このくすんだ家から抜け出すいつかを求めて、今はただ磨くのです。

生きもの

「これはどうしたらいいですか」自分の考えで足りるようなつまらない質問で、あなたとの会話を始める。あなたは相変わらずのムスッと結んだ口と尖った眼で私を一瞥する。ああ、面倒くさいと思われた。その冷たくて硬い一瞬で、わたしの心はこの床を突き抜け、地の底まで落ちてしまうんだ。「こうしてください」と口先で足りることを、私の左側にジワリと寄り添い、あなたは声を使わず、指先で教えてくれる。私が一番欲しい答えをあなたは最初から分かっている。声をかけてからたった数秒で、私は谷底に転げ落ち、深い切り傷を残したかと思えば、山のてっぺんに登りつめ、肺を震わせ瑞々しい酸素を味わうこともできる。左側からジワリと伝わる生温かさを逃したくない。些細な欲望が私の人差し指に伝わり、指はあなたの手の甲に乗っかった。「まだ早い」とあなたの手はゆっくりと、撫でるように私の指から離れていく。しくった。もう触れられないかもしれない。失敗した私の指は、戸惑いを隠すようにゆっくりと違う場所に置かれる。こうなることを分かっていて、この場所に連れ込んだかのように、今度はあなたから手首の裏を重ねてきた。トカゲの腹ように冷たく、滑らかだった。それは人間の形をした生き物だった。わたしはこの生き物に捕らえられた虫だ。虫はあくまで冷静に、自分の命を守るため、その罠からさらに遠くへ逃げた。生き物はあっさり、追いかけてこなかった。どうせ死ぬんなら、あのまま食われるのがよかった。あのままペロリと呑み込まれてしまいたかった。こうして虫はもう何日も、生き物の罠に、自ら足をかける暮らしをしている。生き物が本当に殺してくれるかも分からないのに。

二次会

グラスが積まれたテーブルの向こうの顔が赤く膨れたみんなに、わたしを食べてもらう。長らく漬け込んでいた、ほんとうの私をザクッと切り取って、食べてもらう。こんな辱め、だれが好んでくれようか。お酒につられて、荒く盛り付けたわたしの一部を、みんなが大口を開けてパクパク食べてくれた。おまけに「美味い」とまで言ってくれた。わたしの奥で保存していた断片はみんなの中に消えちゃったけど、わたしはいま、とても気持ちがいい。

カラダを解放した夜

2週間前から不眠症に悩まされていた私は、病院の先生に「身体にエネルギーが溜まっているからでは」と思わぬ診断を受けました。確かに、終始動いていないと居心地悪く感じていた私が、最近は家から出るのも珍しいほど、ゆったりした生活を送っていたような気がします。そこで内側に有り余ったエネルギーを発散するため、半日、ちょっとした旅に出ることにしました。
その旅は金曜夕方のジムから始まりました。久しぶりに筋肉の隅々まで意識し、最初はきつかったのですが、次第に高校以来閉まっていたスポ根魂に火がつき、気付けば5時間身体を動かし続けていました。夜風に当たりながらストレッチをしていると、急に視界がハッキリと澄んで、ビルの明かりがギラギラと眩しく見えたのを覚えています。備え付けの岩盤浴で更に汗を流し、ジムを出た時には完全に身体が違うものへと変わった感覚がしました。
その名の通り、身体が「覚醒」した私は、軽くなった足取りで好きなアーティストが出演するライブへ向かいました。1人で行ったので後方からこっそり音に揺られるつもりでしたが、身体をもっと使いたい、という欲に負け、気付けばスピーカーの目の前に居ました。エレクトロの重圧が骨や内臓の奥を震わせ、自分の身体の存在を実感できたことにものすごく興奮しました。ビートに合わせて激しくぶつかってくる他人のジメジメとした身体が心地よく感じたほどです。
この高揚感を引きずったまま家に帰るのも惜しくなり、その後は思いつきで近くのクラブへ向かいました。不気味なハウスミュージックが流れ、人の残像しか分からないほど濃いスモークと、何色もの過剰なレーザーが、私の感覚を完全にトリップさせました。スーツ姿の女性がヒールを投げ捨て、両手を広げ、天を仰ぐように踊っていたり、ドレッドヘアーの男性が異常な身体の動かし方をしていたり、それまで見た事の無い鮮烈な光景にきっと私の顔はニヤニヤしていたのだと思います。近くに居た外国人が私を見て「ダンス!」と叫び、彼に引っ張られ私は身真似で踊り始めました。混沌としたあの空気の一部になったことに快感を覚え、次第に彼の存在も忘れてしまうほど踊り狂ってしまいました。
朝5時の渋谷は朝まで飲んで、くたびれた人たちで溢れていましたが、私は初夏の太陽の日差しを愛おしく思うほど、身体の底からみなぎってくる清々しさを味わいました。帰宅すると久しぶりに布団でゆっくり深く眠ることもできました。今でもあの夜は本当にあったのかと、まるで幻覚のような半日でしたが、詰まっていたカラダのネジを外し、新しく身体を組み立て直すことができた夜に、生きる嬉しさを噛みしめることができたのです。