不快感で満ち溢れている

フィクションかもしれません

彼がいなかった時間

ホームで気が抜けたように横たわる人。彼の腹はカエルの喉のように大きくゆっくり膨らみ、またしぼむ。特急の到着と共に押し寄せる風が、一番下のボタンが取れた彼のシャツを波打たせる。車両に閉じ込められた何百人の人が解放され、彼の姿に目を奪われる。人間の目は正直で、野生の動物に出会ったかのように輝かせているのに、それ以外の体は社会の一部だ。ある足はエスカレーターへ向かい、また他の足は乗り継ぎのホームで立ち止まる。1人くらい、スマホを構えて彼の姿をネタにする倫理のない人間が現れても良さそうなのに、彼と同様、動物になろうとする者はいなかった。みんな、彼に出会い、何を感じるのだろう。「情けねえ」と野生の恥ずかしさを嘆くのか、「ワロタ」と彼という人間性を嘲笑うのか。それとも「分かる」と、同じ野生を隠して生きる都会の人間として、無言の共感を抱いているのか。あの日、ホームで彼に出会った何百人の数秒が、彼のことで埋め尽くされた。しかし、彼にはあの何百人について考える時間が存在しない。あの日のあの時間、彼はこの世界にいなかった。わたしが冷房の効いた車両から彼の姿がどんどん小さくなるまで見つめていたことさえ、彼は知らないんだ。